二
これは無事、木桶を見つけた後の話。せっかくなら伝統の醸造法とやらも復活させちゃおうよ、という純な勢いが吉と出たのか凶と出たのか。桝一の蔵に眠っていた酒造りの文献、そこに記された先人たちの記録をどうしても再現しようと暗躍した社員がおりました。ううむと渋る大杜氏の遠山を「どうかもうひと花咲かせましょうよ」などと焚き付けた彼女はアメリカ生まれ。育った文化が異なる人間だからこその嗅覚があったのかもしれません。
山おろし廃止酛仕込み。日本酒は米・米麹・水からできるごくシンプルなものですが、これらを発酵させる酵母、を守る乳酸、を生み出す乳酸菌、と数珠つなぎに登場人物が増えていくから大変です。では発酵の端緒となる乳酸菌はどこから来るのかというと、先人たちはそれはそれは手間暇かけて大気中から集めていたのでした。現在では既成の乳酸があるので、わざわざ菌に頼らなくて良いのですが、これを健気に自然界から呼び続ける方法のひとつが山廃仕込みです。
乳酸菌の集め方は、米・米麹・水を合わせた「酛」を温度調整しながらかき混ぜるだけ。文字にすると単純明快ですが、実際にやってみると超絶繊細かつ体力勝負の世界です。この間およそ一ヶ月、絶対に負けられない微生物との戦いであります。そりゃ弱音の一言二言は出てきますし、なんとなれば今も時々やめときゃよかったなあと思う瞬間もあります。とはいえ結果は吉だったのでしょう。試飲した蔵人全員が、わっと目を輝かせたのですから。
